2011年8月4 被災地報告
平成23年8月4日被災地訪問から感じたこと
2か月ぶりに被災地を訪れました。メンバーの報告から、だんだんとがれきは片付けれてきているとの話でした。確かに、石巻市内は6月に訪れたときよりも大幅に片付いていました。しかしながら、牡鹿半島に入ると、まだまだ手つかずの場所が沢山あり、2か月前に見た石巻市内や雄勝での様子を思い出してしまいました。牡鹿半島の集落は、山と山の間のわずかな平地にあり、沿岸からかなりの奥地まで津波が入っている様子でした。
また、平地が少ないため、がれきをどのように片付けていくのか、どのように復興していくのか、先が見えないということを痛烈に感じました。
6月に雄勝で漁師の人が“こういう田舎は、復興から見放されて行くんだよ”とおっしゃっていたことを目の当たりにした感じでした。確かに、今回の震災は限りなく広範囲に被害が拡がっているので、すべての場所を平等に復興出来ない事は理解できます。しかし、その場所にも人が住んでいる事も間違いありません。行政も見捨てるはずはないので、いつかは復興するということは間違いないのですが、現地の人たちはすぐに復興したいと考えているはずです。その自立へのお手伝いをしていく必要性を改めて感じ、ほんのわずかなサポートしかできませんが、この活動を続けていく新たなモチベーションとなりました。
また、平地が少ないため、がれきをどのように片付けていくのか、どのように復興していくのか、先が見えないということを痛烈に感じました。
6月に雄勝で漁師の人が“こういう田舎は、復興から見放されて行くんだよ”とおっしゃっていたことを目の当たりにした感じでした。確かに、今回の震災は限りなく広範囲に被害が拡がっているので、すべての場所を平等に復興出来ない事は理解できます。しかし、その場所にも人が住んでいる事も間違いありません。行政も見捨てるはずはないので、いつかは復興するということは間違いないのですが、現地の人たちはすぐに復興したいと考えているはずです。その自立へのお手伝いをしていく必要性を改めて感じ、ほんのわずかなサポートしかできませんが、この活動を続けていく新たなモチベーションとなりました。
牡鹿半島で2つの避難所のリーダーとお話をさせていただく機会がありました。
1つ目は、東浜対策本部の本部長とお話しさせていただきました。その避難所の周辺では、仮設住宅はまだ完成していなくて、9月頃から入居が始まるということでした。本部長は、被災者の人たちの自立の事を見据えて、いろいろと考えていた方でした。非常に印象に残っているのは、“必要以上にボランティアの善意に甘えてしまっては、自立していくための心が弱くなってしまう可能性がある。自立は被災者の心が大切だから。”とお話していた事でした。さらに、“ボランティアのために自分の時間を使いすぎず、家族のために使ってください”と言われたときに、まさにわが身の事を言われているようで、心が痛くなりました。詳しくは、被災者の声の欄の“本部長のお話”を見てもらえばと思います。
2つ目は、十八成浜の避難所のリーダーとお話をさせていただきました。避難所は8月10日に閉鎖になるとのことで、ほとんどの人が仮設住宅に移られていました。そこの女性リーダーには、会うなり“いったい私たちに何をしてくれるの??自立支援って、いったい何が出来るの?お金くれるの?それとも仕事をくれるの?”と言われてしまいました。
これは、被災をされ私たちには想像できない苦しい思いをされている方の本音なのかもしれません。しかし、ボランティアや支援を受ける側の立場としてはどうでしょうか?
何をしてくれるの?何かをくれるの?”と聞いているうちに、彼女が被災者だから、何かをしてもらうのが当たり前と考えているように感じてしまいました。被災者とボランティアの関係が対等になれるのでしょうか?これは、ボランティアの善意が被災者にとって、ただの甘えになってしまい、ボランティア本来の意義・意味を見失っているように思える現象で、2か月前にも沢山目にした光景でした。この問題は、被災者の心だけに問題があるのではなく、ボランティアをする側の人間性・方法に問題があるのではないかと考えさせられました。大変な時だから、手を差し伸ばすことは、とても素晴らしい事です。しかし、どこまで手を差し伸ばすべきなのか?ということをしっかりと考えないといけません。まさに、東浜対策本部の本部長の言うとおり、人間は善意に知らず知らずのうちに甘えてしまうものなのです。手を差し伸ばすラインを考えながら活動を続けていかなければ、本当の意味でのボランティアにならないと改めて感じさせられました。
1つ目は、東浜対策本部の本部長とお話しさせていただきました。その避難所の周辺では、仮設住宅はまだ完成していなくて、9月頃から入居が始まるということでした。本部長は、被災者の人たちの自立の事を見据えて、いろいろと考えていた方でした。非常に印象に残っているのは、“必要以上にボランティアの善意に甘えてしまっては、自立していくための心が弱くなってしまう可能性がある。自立は被災者の心が大切だから。”とお話していた事でした。さらに、“ボランティアのために自分の時間を使いすぎず、家族のために使ってください”と言われたときに、まさにわが身の事を言われているようで、心が痛くなりました。詳しくは、被災者の声の欄の“本部長のお話”を見てもらえばと思います。
2つ目は、十八成浜の避難所のリーダーとお話をさせていただきました。避難所は8月10日に閉鎖になるとのことで、ほとんどの人が仮設住宅に移られていました。そこの女性リーダーには、会うなり“いったい私たちに何をしてくれるの??自立支援って、いったい何が出来るの?お金くれるの?それとも仕事をくれるの?”と言われてしまいました。
これは、被災をされ私たちには想像できない苦しい思いをされている方の本音なのかもしれません。しかし、ボランティアや支援を受ける側の立場としてはどうでしょうか?
何をしてくれるの?何かをくれるの?”と聞いているうちに、彼女が被災者だから、何かをしてもらうのが当たり前と考えているように感じてしまいました。被災者とボランティアの関係が対等になれるのでしょうか?これは、ボランティアの善意が被災者にとって、ただの甘えになってしまい、ボランティア本来の意義・意味を見失っているように思える現象で、2か月前にも沢山目にした光景でした。この問題は、被災者の心だけに問題があるのではなく、ボランティアをする側の人間性・方法に問題があるのではないかと考えさせられました。大変な時だから、手を差し伸ばすことは、とても素晴らしい事です。しかし、どこまで手を差し伸ばすべきなのか?ということをしっかりと考えないといけません。まさに、東浜対策本部の本部長の言うとおり、人間は善意に知らず知らずのうちに甘えてしまうものなのです。手を差し伸ばすラインを考えながら活動を続けていかなければ、本当の意味でのボランティアにならないと改めて感じさせられました。
北村良平