Smile With You TOP >> 被災地報告 >> 2013年6月25日 活動報告
2013年6月25 被災地報告
平成25年6月25~26日 被災地訪問から感じたこと①
東日本大震災の発生から2年以上の月日が過ぎた今、やっと訪ねた宮城の沿岸部。思いはあっても一人では行動に移せずにいた私にとって、そこは震災後初めて訪れた被災地でした。被害を受けた地域から遠く離れた場所に住む者にとっては、時間の経過とともに報道で知りえる被災地の情報も減り、復興という大きな課題が残されているという意識が薄れてしまう時間が増えていることは事実だと思います。実際、私も自分自身の目で見るまで、現地の環境がどのように変わり、被災された方々がどのような生活をしているのか、具体的なことは何も知りませんでした。
私が見た宮城の沿岸部は「整然」としていました。所々被災を物語る建物やがれきなどが残されているものの、被害を受けた土地は次のステップを踏むための準備がなされ、復興事業のための車両も多く行き交っていきます。もしも、この震災があったことを知らない人がやってきたのなら、そこは新たに土地開発を進めている場所のように感じられるかもしれません。しかし、私は、これからどれだけ時間が経過してもその場所にかつて活気あふれる人の生活があったことを忘れてはいけないと痛切に感じました。この先、新しい街並みが出来上がっても自然災害の脅威が消えることはありません。この震災から教えられた教訓を忘れることなく未来につなげ伝えていくことは、被災者のみならずその他の地域で暮らす私のような人たちにとっても、人の命と生活を守る上で最も大切なことではないでしょうか。そして、そのようにこの震災を風化させないことが、今被災地から離れた場所に暮らす私たちにできる最低限の奉仕であるとも感じます。時間の経過とともに、被災地のニーズが変化を続けていく中で、私たちが今、現地の人に対して何ができるのか。具体的な行動はその時の状況によって変わっていくにせよ、この震災における出来事を思い続けることは、この先決して忘れてはいけないのだと思います。
今回の現地訪問では女川地区や雄勝地区の歯科診療所や診療所、東浜地区の今の生活を見せていただきました。どの場所も環境が整いつつある一方で、これから先につなげる医療の提供あるいは生活の基盤作りは時間のかかる問題だと思います。医療に関しては震災の影響による医療環境の変化に加えて、地域医療や高齢化社会における難しさを元来抱えていた地域でもあり、高齢化が抱える潜在的問題と増え続けるニーズを限られた資源と人材でどのように満たしていけるのか、大きな課題があることも感じました。
今回の訪問を行う前の数か月間、私はフィリピンに滞在していました。そこで出会ったフィリピンの人々もこの震災に関しては、大きな衝撃を受けたようです。しかし、それと同時に彼らはこのようなことを言っていました。「日本はあのような災害が起きて大きな被害を受けても、自分たちの力で立て直すことができるすごい国だ」と。
被災地の復興は、私たち日本人が期待するようなスピードで進んでいないのが現状だと思います。被災地で暮らす方々ももどかしい思いを抱えながら日々を一生懸命に暮らしているでしょう。しかし、その反面で日本がさまざまな面で洗練された国であることも、私は今回の訪問で強く感じました。そこが日本でなければ、崩れた道が再び舗装されることも、被害を受けた土地が整備されることも、人々が再び生活を取り戻すことも、このスピードでは成し得ないことだと思うのです。もちろん世界からみれば日本が経済面で恵まれている国ということがこれらのスピードには大きく関係していますが、それ以外にも、互いを思いやり、勤勉で努力を惜しまない日本人の気質が東北の復興を支えている気がします。その精神は、やはり海外の人が日本を称賛する一つの要素です。被災された方々には、その事実を誇りに思ってもらいたいと思いたいし、私のように被災地以外に住む人もその心を忘れることなく、被災地や現地の人々のためにできることを探し続けなければいけないと感じています。
福島 菜見子